『涼やかな風』
九州から南に点在する島々とその周辺の海は、世界でも有数の生
物層を持ち、その美しさについても屈指のものという評価をたびた
び耳にします。
そういった話を裏付けるような、海と海の中の映像も、さまざま
な機会に見ることができますが、それらの映像のいずれもが、
イメージされた(あるいはイメージさせようとしている)季節は夏で、
海中に体を沈めた感触と視点の映像がほとんどのように思います。
この作品の視点は「空」です。
それは高々度ではなく、高速度でもなく、ぎらついた光や暑さも
なくて、どんな季節のイメージをも強要することはありません。
言葉による恣意的な解説もなく、自由な想像をあちらこちらにめ
ぐらせつつ見ていると、ちょうどバイクでクルージングしながら、
ヘルメットの中から聞く通奏低音の風の中を疾走するような、静か
な浮遊感を感じることができるはずです。
子供のころに見た空を飛ぶ夢、その視点とスピードそのままの映
像に、空を飛んだときの記憶が体中にありありとよみがえり、ぼく
は楽々と、涼やかな空気の流れを全身に感じながら、島々の周囲を
自在に飛び回ります。
見終わって地上にもどったとき、体はシンと冷えて、雲の水滴の
痕跡が頬や手に残っているはずです。